2012年4月8日岩国からの連絡
★モナコでのオスプレイ墜落の報が届いたのはお昼ごろでした。 つい先日、米軍機が墜落したばかりでしたので、驚くやら怖いやらでしばらく震えが止まりませんでした、墜落の画面です。 |
2012年3月20日の朝、断面図が届きました
★地上30メートルと、見るべきでしょうが、大野さんは、注意事項として「土蔵と米軍機は、水平で約200mの距離があります。すぐ真上を飛んだ訳ではないので、断面図だけでは誤解を生じます。図は、高度の説明用であり、水平距離(末永注→土蔵からの高さと南北の距離、土蔵から見て、屋や、南前方200メートル)として見てください、」とのことです。
図面は、右側が「飛んできた方向、すなわち、日本原・神楽尾山方面で、左側が鏡野町〜岩国方面側となります |
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2012年3月2日の出来ごと →2012年2月15日の申し入れの返事が「防衛局津山事務所」などからありました。 |
2月15日の申し入れは「請願法5条の規定として受理しました」という説明からでした。 回答した人、防衛局津山防衛事務所所長 小玉重孝、
防衛局業務課課長補佐 土居信 智明 の2人でした。
★回答の初めに、申し入れは、請願法五条の規定で正式に受理したが、請願権5条の規定にもありますが、必ずしも文書回答でないといけない、と定まっていないのです、口答で答弁します、申し入れには誠意をもって対応したい、ということから始まりました。 |
※「低空飛行」を認めて、お詫びをすること。規定通り飛行していた、と言うのであれば、普通に飛んで「どぞう崩壊がおこる」「学校現場や幼稚園・保育園の児童がパニックがおこる」訳ですから、既定の見直しが必要、と、問いかけていました。
→土蔵が崩壊した頃に、岩国基地を飛び立った米軍機二機が津山上空を飛んだのは事実です。それは、日米合意の範囲で飛んでいた。日米安保条約の目的達成のために、「低空飛行は重要な訓練」ではあるが、安全を最大考慮し、住民への影響を最小限に抑えている。防衛局としても、国民の安全・安心に配慮するように要請した。 →これにたいして、井口さん、県北住民の会は
◎低空飛行であるとみとめて、お詫びをキッチリとすること。対応が遅れたことへの「お詫び」はあったが、土蔵崩壊したこと、学校や幼稚園・保育園の児童がパニックにおいやられた、これらにお詫びをするように・・。 ◎米軍の訓練中の事故とみとめているのだから、パイロットにお詫びをしに来させること、飛行したコースレコード・フライトレコード、そして、ボイスレコードほ公開すること。
◎文章で回答すること。
◎井口さんの損害賠償請求として、今後は申し入れをする。 ◎これからの「申し入れ」「損害賠償請求」については、アメリカ大統領、日本国総理大臣、防衛大臣に行なう。「損害補償として、低空飛行であると認めて、お詫びをすること」なども求めて行く。 などを述べました。→その旨を、中国・四国防衛局へ伝える、との回答でした。
※因果関係を専門家に調査してもらったというが、その調査報告書をみせてもらいたい、との申し入れには。
→調査報告は、これから補償交渉を進める上での事案であり、現時点では、公開・提供は出来ない。
※その他は、「慰謝料の請求」「補償の内容としての減点方式」を辞めること、などについての申し入れは、「井口さんからの補償請求の内容によって対応して行きたい。今の時点で、金額などは確定できない。」との旨回答でした。そして、防衛局としても、すみやかに、早く解決したい。
等でした。
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2012年2月15日防衛局津山事務所等に「土蔵崩壊」に関する申し入れをしました。 米軍の低空飛行反対、土蔵崩壊の早期解決をめざす県北連絡会議(葛原智会長)のメンバー10人、土蔵被害者井口さん、弁護士の吉村清人さんらとまず、津山事務所長 児玉さんへ申し入れをしました。 |
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防衛局への申し込みに先立ちマスコミにご案内です。 平成24年2月13日 津山市政クラブ マスコミ 各位 様 津山市昭和町1−9−6「さくら会館内」 電話 0868−22−9072 米軍低空飛行反対・土蔵崩壊の早期補償を求める県北連絡会議(通称・低空飛行反対連絡会議) 会 長 葛原 智 津山市上田邑2,678 被害者本人 井口 貞信 弁護士 吉村 清人 吉村法律事務所 ※何かありましたら、末永弘之 090−9415−8658 へ 連絡ください。 井口さんの「損害賠償」に関する申し入れについて すでにご案内と思いますが「米軍機低空飛行による土蔵崩壊」に関係して、この度、防衛所から、被害者 井口貞信にたいして「損害賠償請求手続きをとるように」との旨報告があったことにたいして、低空飛行における事故であることなどを認めて、補償に入ることなどの「申し入れ」を、下記の日程で行ないます、よろしくお願いします。 @防衛局 津山事務所へ申し入れ 2月15日(水)午前9時15分
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平成24年2月15日 防衛庁 中国四国防衛局 局 長 辰巳 昌良 様 防衛局 津山防衛事務所 所 長 児玉 重孝 様 津山市昭和町1−9−6「さくら会館内」 電話 0868−22−9072 米軍低空飛行反対・土蔵崩壊の早期補償を求める県北連絡会議(通称・低空飛行反対連絡会議) 会 長 葛原 智 津山市上田邑2,678 被害者本人 井口 貞信 津山市上田邑の「土蔵崩壊」などの 早速ですが、私たちは米軍低空飛行反対・土蔵崩壊の早期補償を求める県北連絡会議(通称・低空飛行反対連絡会議・低空飛行反対連絡会議規約・役員名簿参照)と、被害者本人です。 貴職が、1月31日に、津山市上田邑 井口貞信宅を訪問して、「米軍の公務上の事故として、地位協定第18条による災害補償基準に基づいて土蔵崩壊の補償請求を提出してほしい」との旨を申された。(以下・申し入れの件と称す) この「申し入れの件」について、後日「損害請求」を行いますが、以下の点について早急に実施することを強く申し入れます。 なお、文章回答を二週間以内でお願い致します。 さらに、「低空飛行」を中止するように、米国に強く申し入れること。 特に「土蔵」及び「母屋」については、「古い建物」であったのは事実ですが、「崩壊前と同様の姿に復元」することを前提に「補償額を試算」することは困難であります。土蔵を「新築」の見積もりにならざるを得ない点など考慮すること。 同じように、『土蔵の中にあった生活用具』などについても、崩壊直後に「2日間は、整理・片付け」をしたことでもあり、写真とか証拠になるものとか、価値観をしめすものとか、領収書とか示すことが不可能なものがあることも考慮すること。 D 「精神的慰謝料は支払わない」との旨を申されていますが、井口貞信の「母親」がショックを受けて、「人に会わない・怖がる・寝込む・痴呆が進む」など日常生活を送るのに困難な事態があり、また、井口貞信自身も精神的な打撃を受けており、当然、「慰謝料」も支払うこと。 E 上記について早期解決をめざすこと。 以上 津山事務所は、申し入れを「広島・防衛局へ伝えます」と言うのが基本的な回答でした。 |
宮地津山市長にたいする申し入れの紹介 平成24年2月15日 津山市長 宮地 昭範 様 津山市昭和町1−9−6「さくら会館内」 電話 0868−22−9072 米軍低空飛行反対・土蔵崩壊の早期補償を求める県北連絡会議(通称・低空飛行反対連絡会議) 会 長 葛原 智 津山市上田邑2,678 被害者本人 井口 貞信 米軍「低空飛行」及び津山市上田邑の 「土蔵崩壊」などの補償に関する申し入れ 市政発展への日夜のご尽力ご苦労さまです。 早速ですが、昨年3月2日におこりました「米軍低空飛行」による、津山市上田邑2,678井口さん宅の「土蔵崩壊」に関係して、今年1月31日に、防衛庁中国四国防衛局から「米軍の公務上の事故として、地位協定第18条による災害補償基準に基づいて土蔵崩壊の補償請求」が行なわれる事になりました。 以上 ★津山市長は「皆さんの気持ちを大切にし、申し入れの内容について仔細を検討し、基本的には、皆さんの申し入れを尊重し、防衛局などへ話し合っていきたい、との答えでした。 |
参考として「県北連絡会」の規約と役員の紹介をします。 米軍低空飛行反対・土蔵崩壊の早期補償を求める県北連絡会議規約 (会の目的) 第1条 この会は、「米軍低空飛行反対・土蔵崩壊の早期補償を求める県北連絡会議」(通称・低空飛行反対連絡会議)と称し、米軍機の低空飛行に反対し、その被害から住民のくらし・財産を守るために必要な下記の活動を行うこと目的とする。 @ 米軍機・自衛隊機などの「訓練」の実態を調査し、住民被害が起こされた場合は、その早期補償を関係機関に求める。 A 岡山県及び全国の同様の目的をもつ団体との連携を強める。 B その他、目的を達成する活動。 (構成) 第2条 この会は、会の目的に賛成する「団体」及び「個人」で組織する。 (事務局) 第3条 事務局は、津山市昭和町1−9−6「さくら会館内」に置く。 (役員) 第4条 会に次の役員を置く。 @会 長 1名 ・葛原 智 津山平和委員会事務局長 A副会長 若干名 ・森藤 政憲 奈義町町会議員 ・岡崎 陽輔 真庭市市議会議員 ・岡田 実 日本共産党地区委員長 ・中嶋 義晴 美作市平和委員会 ・中西 孝 美作「革新の会」 ・安藤 敏顕 津山平和委員会 会長 B事務局長 1名 ・末永 弘之 津山市議会議員 C事務局員 若干名 ・藤田多喜夫・西田英之・田中英伸 D会 計 1名 ・美見みち子 津山生活と健康を守る会 E必要に応じ役員会の議を経て専門部会を置くことができる。 ◎顧問弁護士 吉村 清人 (吉村法律事務所) (役員の任務) 第5条 会長は、会を代表し、会務を総理する。 2、副会長は、会長を補佐し、会長に事故があるとき又は会長が欠けたときは、その職務を代理する。 3、事務局長は、会の事務局を担当する。 4、事務局員は、事務局長を補佐し、事務局長が欠ける時はこれを補佐する。 5、会計は、「連絡会議」の会計・経理を担当する。 6、監査は、「連絡会議」の業務及び会計を監査する。 7、 理事は、「連絡会議」の目的を円滑に進めるため、必要な業務を執行する。 ◎役員の任期は2年とし、再任は妨げない。ただし、補欠により選任された役員の任期は、前任者の残任期間とする。 (会の経費) 第6条 会の経費は、会に参加する「団体」は年会費 1,000円 会に参加する「個人」は,年会費 500円とする。 その他、必要経費については、役員会で「寄付金」などを集める。 会計年度は、毎年4月1日から翌年3月31日までとする。 附 則 この規約は、2012年1 月23
日から施行する。 |
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2012年1月31日/曲がりなりにも「土蔵崩壊の原因に米軍機が関与を認める ―他に原因もみつからないから、関係していないとは言い難いです…― こんな消極的な「責任論」はないと思いますが… |
★写真は、井口さん宅の「牛舎の一室」で、防衛省 中国四国防衛局 企画部長 藤代誠さん(向かって右)と営業課長 河野優さんからの説明を聞く、私、と、井口さんの様子です。 |
★2012年1月31日午後1時半に、広島防衛局企画部長の藤代誠・業務課長の河野優・事故補償係長の安藤健二・津山所長の児玉の4人が井口さん宅にきて、いぐちさんと、私=末永の2人で話を聞きました。
まず、最初に、部長から「3月2日以後、長くなったことへのおわびがあった、過去に例が無かった出来ごとであり、建設関係や飛行機・音の専門家に調査をいらいし、報告書を作ってもらい、内部協議をしたために、長くなった、申し訳ない」。と、2度繰り返しました。 井口さん、被害状況に応じて「損害請求」をして下さい… そして、井口さんに、土蔵崩壊について、日米地位協定第18条5項の規定にもとづいて、『公務上の事故補償処理』をしたいので、井口さんの方から「被害請求をしてください」という趣旨の依頼がありました。 @土蔵については、水に浸されていた箇所、シロアリ等の被害もあったが、通常で崩壊すると言うことは考えられない。そこで、気象の専門家にもきいたが、土蔵が崩壊した日、2011年3月2日には、津山地域では、地震も、台風も、雷もなかった、と、言う事が確認されまています。ですから、米軍2機は、日米協定に定める規定に従って飛行したのですが、 この「飛行と土蔵崩壊は、関係が無いとは言えない、言い難い・・・他に原因が見つからない・・・」 ということの結論です。従いまして、防衛省のさだめられた、様式での「請求」になりますが、よろしくお願いします。書類の様式とか、内容でわかりにくい点、また、仔細にいては、書類の書き方など、私たちも、出来るところはご援助しますが、被害額など試算して請求してください。 A井口さんから、賠償請求を受けて、日本政府は米国政府と協議の上、額の案をだして、のちほど、行くぢさんと確認をして、額の最終決定を行い、支払いをしたい…井口さんに、損害賠償の手続きをして頂きたい。
Bと、いうことで、請求のありかた、書式・書き方、などを説明し、書類を井口さん手渡しました。
コメントとして、井口さんは「もう少し早くしてほしい。なんで、1年近くかかるのか、請求書書式がむずかしすぎる」など・・・
末永「責任論が、極めて、消極的にんしきではないか、米軍がわるい、責任ががある、とあっさり認めるべきだ、請求が出来あがってから、何日くらいで、かいけつするのか、長く掛かっては困るが…
などのべました・・・ おばあさんなどの「精神的慰謝料は・・・」と聞きましたが、「無い」とのことでした 井口さんの「おばあさん」が精神的ショックで「痴呆がすすんでいる、寝込んでいる」が、井口さん本人もふくめて「精神的な慰謝料のようなものを認めるべきではないか・・」と問い質しましたが、財産損害ですから、慰謝料はでない」と言う事と「井口さんの過失相殺をする」とのせつめいでしたから、「過失相殺とは・・・たとえば、土蔵が古かった、と、言う事などを意味するのか」とききましたら、「そうです」と言う返事でした…・ さて、さて、これから、本格的な「損害・被害状態の調査と損害額の試算」です・・・今後の話し合いが「しんどい」かなですが。。。。何もしないで、「まつ」という状況から、大きく前に進んだ、と、いうことでしょう、最後の解決へ・・・皆さんの良い知恵をお貸しください… この日の写真をブログで紹介しています。 |
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